生成AIを仕事で使うようになってから、モデルそのものよりも、その周りの仕組みを触っている時間のほうが長くなった。
どういう情報を渡すか。どこまで過去の情報を参照させるか。どういうルールを持たせ、どのツールにアクセスさせるか。そして、どこまで自律的に判断できるようにするか。
AIが仕事をするための環境、いわゆる「ハーネス」の調整だ。
最近、その出来具合を見るために、一つの基準を置いている。
「いい感じに」と指示したときに、どこまでいい感じになるか。
これが、今の生成AIの使い手としての差の一つなのではないかと思っている。
もちろん、「いい感じに」というプロンプト自体が優秀なわけではない。むしろ、指示としてはかなり雑だ。
それでも良い結果が出る。その短い言葉で仕事が成立する状態を、どこまで作れているか。気になっているのは、そちらのほうだ。
AIに、会社の何が見えているか
たとえば、仕事で使っているAIにこう聞いてみる。
「弊社ってどういう会社ですか?」
会社のWebサイトしか参照できなければ、答えの中心になるのは会社概要やサービス紹介だろう。プロジェクトの資料だけが渡っていれば、そこから見える範囲の会社像になる。
でも、実際に仕事を進めるには、それだけでは足りない。
主力商材は何で、どんな顧客に売れているのか。その顧客にはどんな課題が多く、過去にどんな提案をして、何が決め手で受注したのか。逆に、どういう案件では失注したのか。
営業担当が考えていること。技術担当が把握している制約。経営として、これから伸ばしていきたい領域。
会社の判断を支えているのは、こうした情報の積み重ねだ。
ところが、それらはGoogle Drive、メール、チャット、そして担当者の頭の中に散らばっている。資料が保存されていても、AIがそこへアクセスできず、必要な情報として見つけられなければ、仕事の前提には使えない。
会社に情報があることと、AIがその情報を使えることの間には、まだ距離がある。
「いい感じに」の裏側にあるもの
人間同士の仕事では、こんな指示が普通に飛び交う。
「前と同じ感じで」
「このお客さん向けに、いい感じに」
「いつもの形にしておいて」
これで通じる相手は、「前」や「いつも」が何を指しているかを知っている。一緒に仕事をしてきた経験があり、会社の事情を知り、顧客の好みや、過去にうまくいかなかった提案も覚えている。
「いい感じに」という短い言葉の裏側には、大量の共有された前提がある。
ただし、人間同士なら必ず通じるわけでもない。
頼んだ側は「早く仕上げてほしい」と思っていたのに、受けた側は「細部まで作り込んでほしい」と解釈する。同じ会社で、同じ資料を見ていても、何を優先するかが違えば、仕上がりは食い違う。
共有する必要があるのは、情報だけではない。何をもって「いい」とするのか、その判断基準も含まれる。
生成AIとの仕事でも、ここが大事なのだと思う。
毎回、会社の説明から始めて、顧客の事情や過去の経緯を長いプロンプトに書かなければならない。そのとき見直したいのは、指示の書き方とともに、必要な前提へAIがたどり着ける環境があるかどうかだ。
「この案件、いい感じに提案書を作って」
その一言から、過去の提案書を調べ、顧客情報と現在使っている商材を確認し、類似事例や社内の価格体系を踏まえて、今回の提案を組み立てる。判断に必要な情報が足りなければ、そこを聞き返す。
ここまでできる状態になれば、AIとの仕事の仕方はかなり変わる。
プロンプトを書く仕事から、環境を作る仕事へ
生成AIを使い始めた頃は、「良いプロンプトを書くこと」にかなり意識が向いていた。
もちろん、今でも指示の書き方は重要だ。ただ、自分の仕事では、徐々に準備にかける時間の比重が変わってきた。
AIが仕事をするための前提条件を、普段から整備しておく。
たとえば、Google Drive。
ファイル名が曖昧で、顧客資料と社内資料が混在している。最新版がどれか分からず、提案書と見積書と契約書の関係も追えない。
ここへAIを接続しただけで、必要な情報が揃うとは限らない。資料を検索できても、どれを今回の判断に使うべきかは、別の問題として残る。
人間なら、「あの資料、たしか田中さんが去年作っていたな」という記憶を手がかりにできる。AIにも過去の記録を参照する仕組みは持たせられるが、その経緯が記録され、参照できる状態になっている必要がある。
そこが抜けていると、やり取りはこんなふうになる。
「違う、その資料じゃない」
「2024年版じゃなくて最新版」
「その商材はもう販売していない」
「その顧客には、その提案をしてはいけない」
一つずつ訂正すれば、その場の仕事は進むかもしれない。でも、その訂正が次の仕事にも生かされる形で残らなければ、また同じ説明が必要になる。
そのたびに、モデルの性能を疑う前に見直せることがある。
会社の判断を、参照できる形にする
仮にモデルの性能がさらに上がり、コードを書く力も、文章を書く力も、調査する力も今より伸びたとする。
それでも、自社の顧客に何を約束したのか、どの価格が承認されているのか、過去にどんな理由で提案を見送ったのかは、一般的な能力の高さだけでは埋まらない。
だから、これから差がつくのは、AIが必要な情報を参照し、判断に使える会社になっているかどうかだ。そのための情報と仕組みを整備しなければならない。
過去の提案や失敗、顧客とのやり取り、商品知識、業務ルール、価格、判断基準。これまで社内で暗黙に共有されていたものを、必要なときに参照できる形へ変えていく。
ただ、情報は多ければよいという話でもない。
どの情報を優先するのか。古い資料をどう扱うのか。顧客ごとの情報をどう分けるのか。AIにどこまで判断を任せ、どこから人間が確認するのか。
そこまで含めて設計する。
この作業を進めようとすると、人間側にも問いが返ってくる。「最新版はどれか」「例外を誰が決めるのか」「なぜ前回はこの提案を選んだのか」。担当者同士なら何となく通じていたことを、説明できる形にする必要が出てくる。
AIのために情報を整えることは、会社がどう判断しているのかを、自分たちで捉え直す作業にもなるのだと思う。
「いい感じに」で仕事が進む世界
最終的には、
「○○社向けに、いい感じに提案を作って」
「今月の数字、いい感じにまとめて」
「この仕様変更、いい感じに対応して」
くらいの指示で仕事が進む状態を作りたい。
その短い言葉で済むほど、裏側の情報と仕組みを整えておく。何を任せてよくて、何を確認すべきかも共有しておく。
会社のことも、顧客のことも、これまでの経緯も知っている同僚に仕事を頼むときに近い。細かな手順を毎回説明しなくても進められて、迷うところでは相談が返ってくる。
生成AIに対しても、そういう仕事の任せ方ができる状態へ近づけたい。
だから最近は、「いい感じに」でどれだけ「いい感じに」AIが成果物を出力したのかを見るようにしている。
期待した内容になったか。必要な確認ができたか。同じ説明を繰り返さずに済んだか。
通じなかったところがあれば、指示の言葉と、その裏側にある前提を見直す。
そして今は、その「いい感じに」を、他のスタッフにも分配できるように整備している。参照する情報や判断基準、使うツールを共有し、それぞれの仕事でも「いい感じに」が通じる環境を作っていく。
一人が試してうまくいったことを、次の人が最初から使えるようにしておく。誰かの試行錯誤が、ほかのスタッフの仕事も少し楽にする。そんなふうに、「いい感じに」が通じる範囲を広げていきたい。
その「いい感じに」の精度を上げ、使える人を増やすために、今日もハーネス周りをいじっている。